一首評〈第120回〉

銃口の楊羽蝶あげははつひに眼じろがずまひるの邪心しばしたじろぐ
明石海人 『白描』

銃口にアゲハが止まっている。微動もしない。動かない。
狩りの場面だろうか、主体が銃を持っているところに銃口にアゲハが止まってきた。銃を構えてみても、動く気配はない。
銃を操作したことはないのだが、銃というのは基本的に片目を瞑って操作するものだという偏見が私にはある。ただ、この偏見が意外と重要ではないか。

上の句では楊羽蝶の描写に終始しているが、私は「眼じろが」なかったのは、楊羽蝶だけでなく主体もそうだったと考える。片目を瞑り一点に集中する狙撃手の目はおそろしく気迫がこもっているだろう。ただ、それを越して楊羽蝶の方も眼を逸らすことはなかった。あの小さい眼の実際の動きなんて人間にはわからない。それでも、主体は自分に向けられている楊羽蝶の視線のゆるぎなさに動揺したのだろう。

上の句に読みを集中させすぎたが、下の句についてはいくつか謎が残る。
まず、「まひるの邪心」とは何なのだろうか?これについてはいくつか読みができる。
一つ目は止まってきた楊羽蝶自体を撃つこと。もうひとつは別の獲物を撃つこと。前者の説の方が理不尽さという意味ではより「邪心」ということばが際立つ。
また、「しばしたじろぐ」の後、楊羽蝶はどうなったのだろうか?
「しばし」という言葉から考えると、ひょっとしたら主体は動揺を止めて楊羽蝶を撃ったかもしれない。しかし、私はこの楊羽蝶は主体に見送られながら空へ飛び立っていったと信じたいと思う。

廣野翔一 (2012年11月16日(金))