一首評〈第26回〉

眠らむとするころ雨は降り始むことんことんと胸の椎の実
柴夏子 「豊作」一号

眠りにつくかつかないかの頃、意識がようやく自分の内へと落ちてゆこうとするその時をとらえたものだろう。雨が降り始めるのを、覚醒している僅かな感覚が捉える。けれど、ことんことんと音のする椎の実は、内と外とに分裂してしまった意識ではもはや、どちらで鳴っているものなのかわからない。
「ことんことん」とはまた、なんと良い音かと思う。
痛いわけでも、優しいわけでもない、ただ固い乾いた音である。それが、胸の外と中とで鳴っている。覚醒を呼ぶほど強いものではないが、眠ろうとする自分自身に引っかかりをもたらし、何かを呼びかけているように感じる。まるで、忘れられた何かがその存在を主張しているように。
優しく静かでありながら、思わず捕らわれてしまうような力を感じる一首である。

増田一穗 (2005年2月1日(火))