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海からの風みたいだなごうごうと通過電車に吹かれてみんな
早坂類 (『風の吹く日にベランダにいる』)
「ごうごうと」吹く風を接点として、駅のホームが海辺に変わる。だがそれは、電車が通過してゆく数秒間のまぼろしに過ぎない。

口語表現に主体の若さを感じさせ、また「海からの風」の青春性は高い。とはいえ、その風は「ごうごうと」吹く強めの風である。青春も後半を迎えて、海という場所がもはや、単にたのしく泳ぐためだけの場所ではなくなった頃ではないだろうか。

「みんな」がホーム上の人々を指すのか、それとも、主体の友人達を指すのかは、一首だけでは判読しにくい。だが、ここで注目すべきは、「みんな」に誰が含まれるかではなく、「みんな」に主体が含まれていないということであろう。

これは主体が、駅のホームを海辺に変える者として、つまり、「現実」を「想像」へと詩的に転換する者として、その両者の転換支点に立たねばならないためだと考えられる。その転換支点に立つとき、主体は「現実」からも「想像」からもどこか遊離した「観察者」という地位に押し上げられる。

二句目の「風みたいだな」という呟きのような表現と、結句の「吹かれてみんな」という周囲から一歩引いた表現とが、かすかに滲ませるさみしさ。それは、世界を詩に転換する者(あるいは、転換してしまう者)の宿命なのかもしれない。

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早坂類 『風の吹く日にベランダにいる』 (河出書房新社:1993年)所収
連作 「ティンパニの街」より
評:光森裕樹 (2006/01/01)

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