一首評〈第40回〉

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊
永井陽子 『樟の木のうた』

こ、き、く、くる、くれ、こよ
せ、○、き、し、しか、○
これらを呪文のように唱えた記憶のある人は少なくないだろう。
古典の勉強でおなじみの活用表。
これが巧みに用いられ、短歌に仕上がっているのが掲出歌である。

活用表は、覚えようと何度も口にだすうち、自然とリズムがついてくる。
そして、活用表を知っているものがこの歌に出会ったとき、自然と昔覚えたリズムで
歌を読んでしまうようにつくられているのだ。
べくべから〜は、「べ」の反復と、カ行の軽快さがあいまって明るいリズムを生み出す。
そこへ駄目押しの下句。
すずかけ並木だから、少し大きめの通りだろうか、新緑の季節、そこに向こうから鼓笛隊が近づいてくる。
読者のあたまに、快活な光景が浮かびだす。
そしてきっとこの歌のリズムがしばらく離れなくなる。

短歌は、歌である。
万葉集やわらべうたなど、現代の私たちが少し聞いたぐらいでは意味が分からなくても、
心地よい調べならば自然と歌を覚えるということがある。

意味を重視することの多い現代短歌において、この歌は、
短歌の生命線ともいうべき韻律の大切さを思い出させてくれる。

加藤ちひろ (2006年1月15日(日))