一首評〈第63回〉

オレンヂを積む船に手を振りながらさびしく海を信じてゐたり
喜多昭夫 『青夕焼』

信じる、という言葉を裏づけるのはなにかと考えたとき、実は具体的に指示できる確かななにかであることは、稀なのかも知れない。

海は漠然と広く、存在感は途方も無く大きい。その海を作中主体は信じているという。

オレンヂはどこか遠い異国、そして陽ざしを思わせる。視界にある船にそれが積まれている、というのは情報に基づいた判断かもしれないし、推測、あるいは願望かもしれない。

いずれにせよ、船に手を振ってさびしく見送っている、という主体の立ち位置に認められる欠落感のようなものが、海への志向を強く支えている。海へ向かう心と、船に積まれているオレンヂ、手を振り見送る行為の共犯関係を巧みに内包している一首ではないだろうか。

笠木拓 (2007年4月1日(日))