一首評〈第93回〉

広辞苑第三版の中にいて闘いやめぬアラファト議長(1929〜) 
千種創一 「お水いりますよね」/『dagger‡3』

ちょっと個人的な話をさせて欲しい。
ある時、弟の国語の参考書を見せてもらった。その中には「塚本邦雄(1920〜2005)」の記述があった。たまたま同じ参考書の前の版のものを持っていたのでそちらも久々に見てみた。そこには塚本邦雄が死んだという記述は無かった。なぜなら僕が持っていたのは2004年の発行されたものだったからだ。
この歌も似たようなことを詠んでいる。
広辞苑の第三版が発行されたのは1983年のこと。アラファト議長が亡くなったのは2004年。すなわち広辞苑第三版の中ではアラファト議長はまだ生きている。その矛盾を詠んだ歌である。なかなか面白い発想である。
それにしても、迫力のある歌である。そしてその迫力は綺麗に広辞苑第三版の中へと収められている。同じ連作の中には次の様な歌がある。

手のひらの液晶のなかテヘランが叫んでいるが次、とまります
【自爆テロ百人死亡】新聞に相も変わらず焼き芋くるむ

作者は外大短歌会に所属する学生である。その所為なのかはわからないが、激しさを増す中東情勢に関する歌もちらほら散見される。ただその激しさはいずれも一首の中でただの背景の一つになってゆく。

廣野翔一 (2010年11月14日(日))