一首評〈第98回〉

みずいろのリュックサックをせなにして吾子は少女となる交差点
二又千文 「道々に咲く」/『pool』vol.7

私には四歳の甥がいる。半年おきに帰省すると、彼はいつも驚くような成長を見せている。新しい言葉、箸の持ち方、カメラを向けられたときに作るすました表情。妹に言わせると、その一つひとつがすごいスピードで日々変化していくらしい。
 
子どもが初めて触れる社会といえば、幼稚園や保育園だ。早ければ0歳、遅くても五歳までには他人との共同生活を始める。そして、小学校へ入学してさらに密接で規律のある社会へと踏み込む。子どもの成長が加速することは言うまでもない。

この作品の良いところは、リュックサックを背負う我が子の姿を感慨深く見つめる親の気持ちがまっすぐに描かれている所だと思う。リュックサックを背負っているので、遠足かあるいは通園途中かもしれない。小さい背中に大きなリュックサックを背負う姿は、女性の芯から強さを彷彿させる。

女の子の持ち物の定番カラーといえば、赤やピンクなど可愛らしく女らしい色であることが多い。いつからか時期ははっきりしないが、次第にクラスの中で持ち物の色のバリエーションが増えていく。可愛らしい赤やピンクだけでなく、オレンジや黄色、青、緑、紫、黒、白。自分の好きな色、嫌いな色などの趣味や趣向もはっきりし始める。親が与えた女の子像ではなく、少しずつ自分で色を選び自分らしさを確立させていく第一歩である。そうして、彼女はみずいろを選んだのだろう。

女の子は生まれてからすぐに少女になる。その変化は男の子よりも密やかで親にとって変化が見えづらい所があるように思える。作者は同性の親だからこそ、少女になる変化を感じ取ったのかもしれない。

子どもの成長には長い年月がかかるようで、過ぎてみるとあっという間だという。この歌は少女である短い時期に目を留め、我が子を見つめる母の温かな気持ちが伝わってくる。

色彩としては、淡い透明感のあるみずいろのリュックサックと潔い空の青のコントラストが想像でき、清々しく凛とした印象を受ける。また、背や少女といった言葉の効果でなめらかな流れるような作品に仕上がっている。


今回の作品はpoolという同人から引用させていただいた。本のデザインがスタイリッシュで私はとても気に入っている。参加されている歌人の方々の作品は、とても完成度が高く個性も豊かで何度読み返しても飽きがこない。二又さんの他の作品には、

三月の空は明るい背泳ぎののちにシェークスピアを読みたし

子の爪を切るとき君はくちばしの光る水鶏となりてたたずむ

などがある。彼女の連作はぜひ読んでいただきたい。

最近、人を見守るということはとても難しいものだと感じるようになった。どこまで見守ればいいのか、どこで手助けすればいいのか。家族、友達、職場の仲間、恋人、すれ違っていく人々などすべての人と関わるときに感じることだろう。それはきっと、作者のように相手に日々寄り添い変化を感じ取り、大切に思うことで自然と解っていけることなのだと気が付いた。

この作品は小さなことを切り取った短歌から、大きなことを見通せる短歌なのかもしれない。(下澤静香)

下澤静香 (2011年3月14日(月))